「いっぱい出たね」の一言で

私たちはいつも相手が微妙な嘘をついていると知りながら、それを気付かぬ振りをするのがエチケットとされてきた。


表情は、私たちに多くの情報を与える。本当に演技が上手い人間もいる。だが、その台詞を言う微妙な間、発言の後の顔色を見ていれば、相手がそのような巧みな人間であっても我々は勘付くことが出来るだろう。


常日頃他人の顔色を観察するのが趣味ならば、そのような違和感を気に留めておくことは難しくない。他人をそれとなく誘導することは、相手を非常に注意深く観察していればそれほど困難なことではなかった。


よく観察することだ。相手の表情だけでなく、仕草の変化を舐めとるような注意深さで。脚の指先の緊張具合、頬の紅潮、指先の握力の変化、痙攣の度合い、瞳の潤い、吐息の匂い。微細な変化を見逃してはならない。もっと観察しよう。そしてもっと舐めてみよう。我々はまだ出来るはずだ。どうして君は満足するのか?それが君の限界なのだろうか?恥をもっと引き出すことは可能なのではないだろうか?君は彼女の何を知っていると言えるのだろうか?


色狂いと自他共に認められる、そんな人間に私たちはなりたい。そして、君もきっとなれるはずだと信じている。私たちはやがて破滅するだろうが、いつまでも君の幸運を願っている。君が君自身を真に色狂いと認識するその日まで。