クイック・マッサージ(1960)

川で流された日のことを思い出す。あのとき、逆らい難い力を感じ、これが運命なのだと思うと私は幸福を感じ始めていた。岸が遠ざかっていき、誰も私が流されていることにはまだ気付いていない。人は、基本的に他人に無関心なのだ。彼らから遠ざかっていくことは非常に安心できた。存在しなかったのは私と彼らと果たしてどちらだったのだろうか。川の水は冷たい。もうここまで来れば、例え誰かが気付いたとしてもあの輪の中に加わらなくても良いのだ、そう思うことは私を安心させた。これまで本当に互いに必要としたことのある人間はいたのだろうか。関わってきた人間たちと多少の親密さはあったのかもしれないが、それは自分でなくても良かったような気がしている。流されている途中、本能的に岩に手を掛けたので、私は助かった。自発的にもう一度流されようという気分にはなれなかった。様々なことが面倒になっていた。結局日が沈む前に救助が来て、私は陸に戻されてしまった。あの冷たい岩場にはもっと留まっていたかった。しかし私はもうあの場所には戻ることができないだろうと思う。