原宿と私

部屋に戻ると後藤がいて、なにやらぶつぶつと独り言を喋っている。「私は既に過去から一滴残らぬほどの教訓を搾り出している。お前はまだそこに何物か重要なものがあると感じていて、奥へ掘り進もうと貪欲に意識を巡らそうとしているが、もはや有益なものはないよ。深追いは禁物だと教えられたのではないかね?子どもの頃に読んだ寓話を忘れたのか?それとも寓話の主人公同様に智恵で危機を切り抜けるのか?お前には死の匂いが粘着的に取り付いているから、事態はそう簡単では無い!直接的に言うならば、これ以上過去に言及しようとするならば、絶望して死に至る!」


「では未来はいかなるものか。少年でもない限り、未来とは時間軸に沿ったこれまでの経験の外挿である!即ち未来を考えるには過去がまるで炊き立てのご飯と味噌汁のように仲良くセットになっているということだ。その意味でやはり未来も絶望に繋がっている。もっともお前の場合は四十で自殺を企てているようだから、別の意味でも絶望に繋がっているわけだがね。過去と未来の絶望に挟まれて頓死とは、第三者の視点からは愉快極まりないが、ならば他人に笑いを与える道化の意味でおまえ自身も秘かに満足を感じているのでは?」


とはいうものの、その満足も一時的な効果しかないのでやはり未来について思いを向けることも危険であるに違いない。お前は現在の瞬間に生きることで自分自身を助けることができる。では、幸福そうな他者を見るときの敗北感は?あの風景は俺に絶望の意味を徹底的に教える。自分自身に対する失望がお前を死に導く一番の劇薬だ。高みを望んでは破れ行く、自分自身を笑う必要があるし、この自意識自体を笑うべきか?遂に至るは腕を切り落としたいほどの昂揚感!